Iltalehti誌掲載記事

2018/06/10

こちらは3日前のIltalehti誌の記事の和訳です。

https://www.iltalehti.fi/viihdeuutiset/201806052200993791_vd.shtml

 

記者はElina Järviさん。記事の文章のほか、インタビュー動画と写真もあるのでぜひリンク先のフィンランド語記事のページもチェックしてみてください。

 

 

カッレ・アホラは70代の仲間と一緒にトレイルラン。「ガリガリに痩せててスムージー飲んでるのがヘルシー、みたいな感覚にはついていけない」

 

 

2018/06/07 11:01

 

Don Huonotのヴォーカルでフロントマンで知られるカッレ・アホラは、心と体のトレーニングでアルバムValo jota hengitänをデトックスした。

 

(インタビュー動画:こちらは一部記事と重なるので省略しますが、曲作りプロセスについては、朝起きてまだ完全に目が覚めていない頃が一番クリエイティブだと思う、という話。そしてDon Huonotの時代は自分にとっては青春であり人生の大学であったという話。)

 

シンガー・ソングライターのカッレ・アホラ(46)は2015年の終わりにフィンランドでの日常生活から抜け出して、4ヶ月間をテネリフェ島で過ごした。そこで生まれたのが6月1日にリリースされたアルバムValo jota hengitänの中の曲の数々。7枚目のソロアルバムになるそれらの曲を完成させた断崖絶壁の家からは、素晴らしい景色の他にも頭上をよぎるパラグライダーを憧れの目で見ていたという。

 

「パラグライダーは素晴らしいと思ったけれど、勇気を出して自分でも、とまではならなかった」と笑う。

 

パラグライダーについては1曲目のOpettelen lentämäänで暗に言及している。アホラにとってのそれは「自分のコンディションを良い状態に保つ」ことのシンボルでもある。曲作りのプロセス中で彼自身にとっても重要だったことは「浄化」、そして体調の調整なども自然にそれに含まれていた。マラソンやトレイルラン(舗装道路以外のランニング)はもう趣味になって2年が経つ。 

 

スポーツと、心のバランスを整えることは同時に社会に対する考え方にも影響を及ぼした。アホラは今の社会で個人に対して課される過度の要求、若さへの過度の崇拝といったものに対して問題提起したかった。

 

「トレイルランで気が合ったのは70代のランナー達だった。誰がすごいのかということと、年齢・外見とは全く関係がなかった。ガリガリに痩せててスムージー飲んでるればヘルシー、みたいな美的感覚にはついていけない。」

 

カッレ・アホラは歳を重ねるごとに、ソングライターとして以前のようにひどいストレスはもう感じなくなったという。キャリアの初めの頃は自分には曲を書き続けられるのかどうか全く確信がなく、今以上の重圧を感じていたという。

 

癒しの光

 

大西洋の波が断崖絶壁の家の真下を激しく打ち付けるとき、アホラはハッとしたという。人生はどれだけ短いのだろうかと。

 

「自分は、地球にとってみれば数百分の1秒の存在でしかないと気づいた、それはとても現実離れしたモーメントだったよ。」

 

人生の歩みについて考えるときアホラにはどうしても扱わずにいられないことがあった。それは、たとえ血の繋がっている者どうしでも、いつも良く扱うわけではないということを。

 

「すぐには理解できないような残酷な目にあうことは自分の身にも起こった。このアルバムが他のそんな人たちにも癒しの光になれば良いなと思う。」

 

 

良いものは強制しないときにできるもの

 

1990-2000年代にビッグな存在であったDon Huonotが1989年に結成されたとき、アホラは若干17歳。当時の生活で大きな位置を占めていたのは、若さとパーティの相互作用だった。

 

「あの頃の自分は度々困難に陥っていたと思う。でも歌を作ることはいつだって自分にとってはセラピーで、生きる意味を与えてくれていた」

 

音楽家としてのアホラはいわゆる古いタイプ。例えばSpotifyに曲を出すかどうかについても悩んだという。自身が育ってきたのは(物理的な)アルバム、ジャケット写真、歌詞カードなどに触れることに意味があった時代だったから。結局ニューアルバムはCDとLPそしてデジタルでリリースすることになった。また、これらの曲は夏のツアーでも聞くことができる。ツアーの一部は、アホラのほか、ヴァッレ・ヴァルティアイネンアルットゥ・タカロとのトリオで、またバンド形態では例えばドラマーのミッコ・カーックリニエミとベーシストのカッレ・チュデニウスも加わる。チュデニウスはDon Huonotの1997年リリースの大ヒットアルバムHyvää yötä ja huomentaのプロデューサーでもあった。

 

「キャリアのはじめの頃は、自分には曲を書き続けられるのかどうか全く確信がなく、今以上の重圧があったと思う。でも今ではよく知っている。良い曲は強制されない時にどっと湧き出るものなんだと。僕はその曲作りプロセスを守り通したい。」

 

ELINA JÄRVI

 

 

Share on Facebook
Share on Twitter
Please reload

Categories
Please reload

Archives
Please reload

Tags

background photo © Kalle Ahola

copyright © 2018 by Kalle Ahola来日公演実行委員会. All rights reserved.